2008年08月26日

ある僧一生不犯の尼に恋着し、女と偽りてその尼に仕へて思ひを遂ぐる事(中編)

(古今著聞集第二十五興言利口編)
 さて、みやづかふに、かひがひしくまめにて、しかもまた女ともおぼえず、すくよかなるかたさへありて、ことにおきて大切なりければ、一ずちに家の中の事いひつけて、またなき大事のものにてぞ侍りける。かくてことしも過ぎぬ。今はこれほどの大事のものにおもはれぬれば、ただ世わたりにも不足なければ、心の中の本意をばとかく思ひなぐさみてすぐしけり。次の年の冬の比よりは、「夜るさむからん。今はわが衣の下にも寝よ」などいへば、うれしき事かぎりなし。さるにつけても、いよいよ心のはたらく事しづめがたけれども、なほとかく心にからかひて、その年も暮れぬ。
 この尼、正月七日は別時して持仏堂に候ひて、斎〔とき〕・非時の折ばかりぞいでむずるとて、そのあひだの事ども、このいま参りの尼によくいひ置きて、朔日〔ついたち〕より仏の御前におこなひて候ひけり。七日が間、つとめよくして、八日は例のごとくにてありけり。日ごろなが精進なるうへ、さまざまのつとめに身もくたびれけるにや、その夜は、だらりとして寝たりけり。この僧思ふやう、「かぞふれば、ことしは三歳〔みとせ〕になりぬ。何事をむねとしてかくては侍るぞ。いかにもあらばあれ、只今とりつきてこときりてん」とおもひて、よく寝入りたる尼のまたをひろげてはさまりぬ。
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2008年08月08日

ある僧一生不犯の尼に恋着し、女と偽りてその尼に仕へて思ひを遂ぐる事(前編)

(古今著聞集第二十五興言利口編)
 近比、一生不犯の尼ありけり。いまだよはひさかりにて、見め・ことがらきよげなりけり。世さまもわびしからずぞ侍りける。物まうでしける時、或る僧この尼を見て、たへがたく艶におぼえけれども、いかがはせむ。思ひのあまりに、家を見せおきて帰りにけり。その後、思ひ忘るる事もなく、ひしと心にかかりて日数を送りけり。いかにもさてやむべき心地もせねば、人知れぬ思ひをしるべにかの尼のもとに尋ね行きぬ。この僧、見め・ことがらよに尼に似たりければ、尼のまねをしてつかはれて、ひまをうかがはむと思ひて行きたりけり。かしこにて、「物申し候はん」と案内しければ、やがてあるじの尼いでて、「たれにか」と問へば、この僧、胸うちさわぎて、いよいよたへがたくおぼゆるを念じて、「べちの事には候はず。世にうはの空なるやうに候へども、みやづかへつかうまつらんとて参りて候なり。年比憑みて侍りし男におくれて、憑むかたなきひとりうどにて候。男むなしく見なし候ひにし日より、さまをかへて候へば、よのつねのみやづかへなどもかなふまじく候。かやうの御遁世の御あたりには、おのづからめしつかはるる事もや候ふとて参りて候」といひければ、げにもうはの空にはおぼゆれども、さしあたりて人もほしかりければ、その心の底をば知らねども、ものうちいひたるさまなどもおだしげなれば、さうなくうけとりてけり。この僧、まづしおほせたる心地して、すゑたのもしうぞ思ひける。
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2008年06月07日

小藤太、聟〔むこ〕におどされたる事

(宇治拾遺物語巻一ノ十四)
 これも今は昔、源大納言定房といひける人の許に、小藤太と云侍ありけり。やがて、女房にあひ具してぞありける。むすめも女房にてつかはれけり。この小藤太は、殿の沙汰をしければ、三通り、四通に居ひろげてぞありける。
 此女〔このむすめ〕の女房に生良家子の通ひけるありけり。よひに忍びて、局に入にけり。暁より雨降りて、え帰らで、局に忍て臥したりけり。此女の女房はうへへのぼりにけり。此聟の君、屏風を立まはして、寝たりける。春雨いつとなく降りて、帰べきやうもなくて、臥したりけるに、このしうとの小藤太、此聟の君、つれづれにておはすらんとて、肴、折敷にすへて持て、いま片手に提〔ひさげ〕に酒を入て、縁より入らんは、人、見つべしと思て、奥の方より、さりげなくて、もて行に、此聟の君はきぬを引きかづきて、のけざまに臥たりけり。此女房のとくおりよかしと、つれづれに思ひてふしたりける程に、奥の方より、遣戸をあけければ、疑ひなく、此女房の、うへよりおるゝぞと思て、きぬをば顔にかづきながら、あの物をかきいだして、腹をそらして、けしけしとおこしければ、小藤太、おびえて、なけされ帰りける程に、さかなも打ちちらし、酒もさながら、うちこぼして、大ひげをさゝげて、のけざまにふして倒れたり。かしらをあらう打て、まくれ入て、臥せりけりとか。
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2008年04月15日

歌読みて罪を免さるる事

(宇治拾遺物語巻九ノ六)
 今は昔、大隈守なる人、国の政をしたゝめおこなひ給あいだ、郡司のしどけなかりければ、「召にやりていましめん」といひて、先々の様に、しどけなき事ありけるには、罪にまかせて、重く、軽くいましむる事ありければ、一度にあらず度々しどけなき事あれば、重くいましめんとて、召すなりけり。
 「こゝに召していて参たり」と人の申ければ、先々するやうにし臥せて、尻頭にのぼりゐたる人、しもとをまうけて、打べき人まうけて、さきに人二人ひきはりて出来たるを見れば、頭は黒髪もまじらず、いと白く、年老たり。
 見るに、打ぜん事いとほしくおぼえければ、何事につけてかこれを許さんと思ふに、事つくべき事なし。あやまちどもをかたはしより問ふに、たゞ老をかうけにていらへおる。いかにしてこれを許さんと思て、「をのれはいみじき盗人かな。歌は読みてんや」といへば、「はかばかしからず候ども、読み候なん」と申ければ、「さらばつかまつれ」といはれて、程もなく、わなゝき声にてうち出す。

 年を経て頭の雪は積もれどもしもと見るにぞ身はひえにけり

といひければ、いみじうあはれがりて、感じて、許しけり。
 人は、いかにも情はあるべし。
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2008年03月28日

藤六の事

(宇治拾遺物語巻三ノ十一)
 今は昔、藤六といふ歌よみありけり。げすの家にいりて、人もなかりける折を見つけて、入にけり。鍋に煮ける物を、すくひ食ひける程に、家あるじの女、水をくみて、大路のかたより来て見れば、かくすくひ食へば、「いかにかく、人もなき所に、いかで、かくはする物をばまいるぞ。あなうたてや。藤六にこそいましけれ。さらば、歌よみ給へ」といひければ、

 むかしより阿弥陀仏のちかひにて煮ゆる物をばすくふとぞしる

とこそよみたりけれ。
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2007年04月01日

小式部内侍、定頼卿の経にめでたる事

(宇治拾遺物語巻三ノ三)
 今は昔、小式部内侍に、定頼中納言、物いいわたりけり。それに又、時の関白かよひ給けり。局に入て、臥し給たりけるを知らざりけるにや、中納言より来て、たゝきけるを、局の人、「かく」とやいひたりけん、沓をはきて、行けるが、すこしあゆみのきて、経をはたとうちあげて、よみたりけり。二声ばかりまでは、小式部内侍、きと耳をたつるやうにしければ、此入て臥し給へる人、あやしとおぼしける程に、すこし声遠うなるやうにて、四声五声ばかり、ゆきもやらで、よみたりける時、「う」といひて、うしろ様にこそ、臥しかへりたりけれ。
 この入臥し給へる人の、「さばかり、たへがたう、はづかしかりし事こそ、なかりしか」と、後に、の給ひけるとかや。
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2007年01月22日

児のかい餅するに空寝したる事

(宇治拾遺物語巻一ノ十二)
 是も今は昔、比叡〔ひえ〕の山に児ありけり。僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かひもちいせん」といひけるを、この児、心よせに聞きけり。さりとて、しいださんを待ちて、寝ざらんも、わろかりなんと思ひて、かたかたによりて、寝たるよしにて、出来〔いでく〕るのを待けるに、すでに、し出したるさまにて、ひしめきあひたり。
 此児、定ておどろかさんずらんと待ゐたるに、僧の「物申さぶらはむ。おどろかせ給へ」といふを、うれしとは思へども、たゞ一度にいらへんも、待けるかともぞ思ふとて、今一度よばれていらへんと、念じて寝たる程に、「や、なおこしたてまつりそ。幼き人は寝入給にけり」といふ声のしければ、あなわびしと思ひて、今一度、おこせかしと思寝に聞けば、「ひしひし」とたゞくひにくふ音のしければ、ずちなくて、無期〔むご〕の後に、「えい」といらへたりければ、僧達、笑ふ事、かぎりなし。
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2007年01月10日

ある女房、よき声の念仏者に恋着の事

(古今著聞集第二十五興言利口編)
 或る所に、能〔よ〕き声をそろへて念仏を申させけり。聴聞〔ちょうもん〕の女房の中に、ある念仏者を心がけたるありけり。「いかでがな物いひかはさん」と思ひけれども、人目しげくてかなはざりければ、とかくためらひて、行道〔ぎょうどう〕の時ちとあしをつみて、その気色〔きそく〕を見せて、何となく立ちあがりて、後戸のかたにて、「ちともの申さむ、えい」といひかけたりけるを、返事いはば人聞きとがむべかりけるほどに、念仏の音曲にまぎらかして、南無阿弥陀仏の南無を「さもあみだ仏」と申したりける、いかにをかしかりけむ。
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2007年01月09日

後向きに車に乗りたる道命阿闍梨、和歌を以て和泉式部に答ふる事

(古今著聞集第十一好色編)
 道命阿闍梨と和泉式部と、ひとつ車にて物へ行きけるに、道命うしろむきてゐたりけるを、和泉式部、「など、かくはゐたるぞ」といひければ、

 よしやよしむかじやむかじいが栗のゑみもあひなば落ちもこそすれ
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2007年01月05日

道命阿闍梨和泉式部の許に於いて読経し五条の道祖神聴聞の事

(宇治拾遺物語巻一ノ一)
 今は昔、道命阿闍梨とて、傅殿〔ふどの〕の子に、色にふけりたる僧ありけり。和泉式部に通けり。経を目出く読けり。それが和泉式部がりゆきて、臥したりけるに、目さめて、経を、心をすまして読みけるほどに、八巻〔やまき〕読みはてて、暁にまどろまんとする程に、人のけはひのしければ、「あれは、たれぞ」と問ければ、「をのれは、五条西洞院〔にしのとういん〕の辺〔ほとり〕に候翁に候」とこたへければ、「こは何事ぞ」と道命いひければ、「この御経をこよひ、承ぬる事の、世々生々、忘がたく候」といひければ、道命「法花経を読みたてまつる事は、常の事也。など、こよひしもいはるゝぞ」といひければ、五条の斎いはく、「清くて、読みまいらせ給時は、梵天、帝尺〔たいしゃく〕をはじめたてまつりて、聴聞〔ちょうもん〕せさせ給へば、翁などはちかづき参て、うけ給るに及び候はず。こよひは御行水も候はで、読みたてまつらせ給へば、梵天、帝尺も御聴聞候はぬひまにて、翁、まいりよりて、うけたまはりさぶらひぬる事の、忘れがたく候也」とのたまひけり。
 されば、はかなく、さい読みたてまつるとも、清くて読みたてまつるべき事なり。「念仏、読経、四威儀〔しゐぎ〕をやぶる事なかれ」と恵心の御房もいましめ給にこそ。
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