さて、みやづかふに、かひがひしくまめにて、しかもまた女ともおぼえず、すくよかなるかたさへありて、ことにおきて大切なりければ、一ずちに家の中の事いひつけて、またなき大事のものにてぞ侍りける。かくてことしも過ぎぬ。今はこれほどの大事のものにおもはれぬれば、ただ世わたりにも不足なければ、心の中の本意をばとかく思ひなぐさみてすぐしけり。次の年の冬の比よりは、「夜るさむからん。今はわが衣の下にも寝よ」などいへば、うれしき事かぎりなし。さるにつけても、いよいよ心のはたらく事しづめがたけれども、なほとかく心にからかひて、その年も暮れぬ。
この尼、正月七日は別時して持仏堂に候ひて、斎〔とき〕・非時の折ばかりぞいでむずるとて、そのあひだの事ども、このいま参りの尼によくいひ置きて、朔日〔ついたち〕より仏の御前におこなひて候ひけり。七日が間、つとめよくして、八日は例のごとくにてありけり。日ごろなが精進なるうへ、さまざまのつとめに身もくたびれけるにや、その夜は、だらりとして寝たりけり。この僧思ふやう、「かぞふれば、ことしは三歳〔みとせ〕になりぬ。何事をむねとしてかくては侍るぞ。いかにもあらばあれ、只今とりつきてこときりてん」とおもひて、よく寝入りたる尼のまたをひろげてはさまりぬ。
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この尼、正月七日は別時して持仏堂に候ひて、斎〔とき〕・非時の折ばかりぞいでむずるとて、そのあひだの事ども、このいま参りの尼によくいひ置きて、朔日〔ついたち〕より仏の御前におこなひて候ひけり。七日が間、つとめよくして、八日は例のごとくにてありけり。日ごろなが精進なるうへ、さまざまのつとめに身もくたびれけるにや、その夜は、だらりとして寝たりけり。この僧思ふやう、「かぞふれば、ことしは三歳〔みとせ〕になりぬ。何事をむねとしてかくては侍るぞ。いかにもあらばあれ、只今とりつきてこときりてん」とおもひて、よく寝入りたる尼のまたをひろげてはさまりぬ。

