2008年08月08日

ある僧一生不犯の尼に恋着し、女と偽りてその尼に仕へて思ひを遂ぐる事(前編)

(古今著聞集第二十五興言利口編)
 近比、一生不犯の尼ありけり。いまだよはひさかりにて、見め・ことがらきよげなりけり。世さまもわびしからずぞ侍りける。物まうでしける時、或る僧この尼を見て、たへがたく艶におぼえけれども、いかがはせむ。思ひのあまりに、家を見せおきて帰りにけり。その後、思ひ忘るる事もなく、ひしと心にかかりて日数を送りけり。いかにもさてやむべき心地もせねば、人知れぬ思ひをしるべにかの尼のもとに尋ね行きぬ。この僧、見め・ことがらよに尼に似たりければ、尼のまねをしてつかはれて、ひまをうかがはむと思ひて行きたりけり。かしこにて、「物申し候はん」と案内しければ、やがてあるじの尼いでて、「たれにか」と問へば、この僧、胸うちさわぎて、いよいよたへがたくおぼゆるを念じて、「べちの事には候はず。世にうはの空なるやうに候へども、みやづかへつかうまつらんとて参りて候なり。年比憑みて侍りし男におくれて、憑むかたなきひとりうどにて候。男むなしく見なし候ひにし日より、さまをかへて候へば、よのつねのみやづかへなどもかなふまじく候。かやうの御遁世の御あたりには、おのづからめしつかはるる事もや候ふとて参りて候」といひければ、げにもうはの空にはおぼゆれども、さしあたりて人もほしかりければ、その心の底をば知らねども、ものうちいひたるさまなどもおだしげなれば、さうなくうけとりてけり。この僧、まづしおほせたる心地して、すゑたのもしうぞ思ひける。

 ある頃、生涯の純潔を誓った比丘尼がいた。まだ若々しい女盛りで、容姿も身のこなしも美しかった。暮らし向きも恵まれていた。この比丘尼があるときどこかの寺にお参りした際、その寺のある僧が彼女を一目見て好きになってしまい、どうしようもなくその美しさに魅入られてしまったのだが、だからと言ってどうにもできない。それでもあきらめきれずに、そっと比丘尼の後をついて行き、住処を見届けてから寺に帰った。その後も、比丘尼への恋慕の情は覚めることもなく、深く強く想い続けたまま日数だけが過ぎていった。そしてどうしてもどうしても想いが消えることがないので、とうとうその密かな恋心に導かれるようにして比丘尼のもとを訪ねていってしまった。ただ訪ねたのではない。この僧、男ながら容姿・身のこなしとも女性的な男だったので、尼僧のふりをして比丘尼の家に住み込み、隙あらば彼女と契ってやる、と思って行ったのである。例の比丘尼の家の前で、
「もし、すみませんが」
 と声をかけたところ、主の比丘尼が出てきて、
「どちらさまでしょう」
 と、尋ねられ、僧はもうそれだけで胸がときめいてしまって、いよいよ気持ちを抑えがたいのだが、ぐっとこらえて、
「他でもありません。突拍子のないことと思われるでしょうが、こちら様で働かせていただきたいと思って参りました。実は先日、長年連れ添った夫に先立たれまして、独り身になりました。夫が亡くなった日に髪を切ってしまいましたので、世間の方には仕えられません。こちらのように世間を離れた僧房あたりなら、ひょっとして働き口もあるかと思って参ったのです」
 そのように事情を言うと、比丘尼は確かに突拍子もない話で、なんのこっちゃとは思ったが、まあちょうど家事を手伝ってくれる人もほしかったところでもあるし、訪ねてきた尼の性格も穏やかそうに見えたので、迷わず彼女の申し出を受けることに決めた。一方尼に化けた僧の方は、まずは首尾よくいったぞと、この調子ならきっと上手くいくと思った。
posted by 以津真出 at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 古今著聞集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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