2007年01月22日

児のかい餅するに空寝したる事

(宇治拾遺物語巻一ノ十二)
 是も今は昔、比叡〔ひえ〕の山に児ありけり。僧たち、宵のつれづれに、「いざ、かひもちいせん」といひけるを、この児、心よせに聞きけり。さりとて、しいださんを待ちて、寝ざらんも、わろかりなんと思ひて、かたかたによりて、寝たるよしにて、出来〔いでく〕るのを待けるに、すでに、し出したるさまにて、ひしめきあひたり。
 此児、定ておどろかさんずらんと待ゐたるに、僧の「物申さぶらはむ。おどろかせ給へ」といふを、うれしとは思へども、たゞ一度にいらへんも、待けるかともぞ思ふとて、今一度よばれていらへんと、念じて寝たる程に、「や、なおこしたてまつりそ。幼き人は寝入給にけり」といふ声のしければ、あなわびしと思ひて、今一度、おこせかしと思寝に聞けば、「ひしひし」とたゞくひにくふ音のしければ、ずちなくて、無期〔むご〕の後に、「えい」といらへたりければ、僧達、笑ふ事、かぎりなし。

 これもまあ今となっては昔のことなのだが、比叡山の寺に寵童が一人あった。叡山の僧侶たちが、宵の刻の手持ち無沙汰に、
「おはぎでも作りましょうか」
 と言い始めたのを、この寵童、これはよいことを聞いたぞと思っていた。とはいえしかし、おはぎができあがるのを待って、寝ないでいるのも、格好がよくなかろうなと思って、部屋の隅の方で寝た振りをして、待っていると、そのうちおはぎはできあがったらしく、僧たちがざわざわとし始めた。
 寵童は、きっと起こしてもらえると思っていたので、ある僧侶が、
「これちょっと、目をお覚ましになって」
 と声を掛けてくれたのを、嬉しくは思ったのだが、一度で返事をしてしまうのも、待ち構えていたのかと考えられるのではと、もう一度呼ばれてから返事をしようと、心の内に念じて寝た振りをしたところ、
「いや、起こすな起こすな。幼子はもうおやすみのようだぞ」
 という声が聞こえたものだから、ええそんな、と思い、もう一度起こしてくれないかなと耳をそばだてていたのだが、
 ひし、ひし、
 と、ただおはぎを食べる音ばかり聞こえるので、どうにもできず、最後の最後、おはぎもなくなった後でようやく、
「あい……起きております」
 と返事をすると、僧たちはおかしいやら、寵童が可愛らしいやら、もう笑ってしまったという話。
posted by 以津真出 at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇治拾遺物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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