2008年03月28日

藤六の事

(宇治拾遺物語巻三ノ十一)
 今は昔、藤六といふ歌よみありけり。げすの家にいりて、人もなかりける折を見つけて、入にけり。鍋に煮ける物を、すくひ食ひける程に、家あるじの女、水をくみて、大路のかたより来て見れば、かくすくひ食へば、「いかにかく、人もなき所に、いかで、かくはする物をばまいるぞ。あなうたてや。藤六にこそいましけれ。さらば、歌よみ給へ」といひければ、

 むかしより阿弥陀仏のちかひにて煮ゆる物をばすくふとぞしる

とこそよみたりけれ。

 昔々、藤六という名の知れた歌人があった。あるとき下々の民の家をのぞいてみた際、誰もいない折であったのでそのまま上がり込んでしまった。そこでちょうど火にかけられていた鍋に煮えている物をすくって食っていると、家の主の女が水を汲んで大路のところから帰ってきたものだから、それを見つけられてしまって、
「いやだ人が留守にしてるからって、どうして盗み食いなんて……あら、まあ、どこかで見たと思ったらあなた藤六さまで? いやだわ、もう、だったら歌の一つも詠んでいただこうじゃありませんか」
と、言われたので、
「……むかしより阿弥陀仏のちかひにて煮ゆる物をばすくふとぞしる」

 昔から、仏様は地獄で釜茹でにされている衆生を救ってくださると申します。同じように、鍋で煮えている物はさじですくい上げてやらねばならんのですよ。

 藤六さすがにすらりと詠み上げて、なんとかその場をしのいだそうである。
posted by 以津真出 at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇治拾遺物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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